東京地方裁判所 平成7年(行ウ)214号 判決 1997年10月15日
原告
財団法人東日本被爆者の会
右代表者清算人
迫水萬亀
右訴訟代理人弁護士
井出正敏
同
玉利誠一
被告
厚生大臣
小泉純一郎
右指定代理人
仁田良行
外六名
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 原告の請求
被告が原告に対し平成六年一一月二二日付けでした原告の設立許可を取り消す旨の処分を取り消す。
第二 事案の概要
本件は、公益法人としての設立許可を受けていた原告が、主務官庁の監督上の命令に違反したこと及び正当な事由なく引き続き三年以上事業を行っていなかったことを理由として被告によりその設立許可を取り消されたため、これを不服としてその設立許可取消処分の取消しを求めている事案である。
一 前提となる事実
(以下の事実のうち、証拠を掲記したもの以外は、当事者間に争いがない事実である。)
1 原告は、保養センターの運営・管理、被爆者の援護等を目的とする財団で、昭和四七年八月二三日付けで被告の設立許可を得て公益法人として設立されたものである。
2(一) 原告は、設立当初から、静岡県伊東市に被爆者を対象とした保養センターの建設を計画しており、財団の理事である山田順子(以下「山田理事」という。)の寄付などによりその建設用地を取得した上、昭和五三年六月、株式会社斎藤組との間で、土地の造成及び建物建設に関する工事請負契約を締結し、同社は、昭和五五年二月二四日、鉄筋コンクリート造三階建の保養センター(以下「本件保養センター」という。)を完成させた。
(二) 原告は、本件保養センターの建設資金について、昭和五三年三月二二日付けで、特殊法人日本自転車振興会(以下「自転車振興会」という。)から六一八九万円を限度とする補助金の交付決定を受け、昭和五四年六月二一日に二七八一万円、同年七月一〇日に二一二〇万一〇〇〇円、同年一二月二七日に一二二一万八〇〇〇円の三回に分割して補助金の交付を受けた。
右の三回目の補助金の交付については、都道府県から工事完了検査済証の交付を受けることが条件となっていたが、本件保養センターについては、当時、静岡県の工事完了検査が未了であったにもかかわらず、偽造された工事完了検査済証が自転車振興会に提出されて右補助金の交付がされた事実が、後日発覚し、昭和五六年一一月一二日、当時の原告の山田理事及び事務局長岩田角蔵並びに設計会社社長の三名が、有印公文書偽造、同行使及び詐欺の容疑で静岡地方検察庁沼津支部に逮捕された。
(三) 一方、斎藤組は、本件保養センターの工事に関し未払の工事代金があると主張して、昭和五七年、原告に対し二八〇〇万円の支払を求める訴えを東京地方裁判所に提起した。
(四) 右のような状況の中、被告は、原告の事業が円滑に進んでおらず、原告から従前提出のあった文書からは法人として再建する可能性が認められないことにかんがみ、民法六七条及び厚生大臣の所管に属する公益法人の設立及び監督に関する規則(平成四年厚生省令第三二号による改正前のもの。以下「規則」という。)一〇条に基づき、昭和五七年四月五日付けの「再建計画書の提出について(命令)」と題する書面(以下「第一提出命令」という。)により、原告に対し、法人再建の意思を有する旨主張する場合には、同月一九日までに再建計画書を提出するよう命じたところ(乙一三)、原告は、同月一六日、被告に対し、「再建計画書の提出について」と題する書面を提出し、再建の意思があることを述べた上で、再建計画書の提出を猶予してほしい旨申立てた。
(五) このため、被告は、右各法条に基づき、昭和五七年五月二〇日付けの「再建計画書の提出について(命令)」と題する書面(以下「第二提出命令」という。)により、原告に対し、同年六月三日までに再建計画書を提出するよう再度命じたところ、原告は、提出期限後の同月二二日、本件保養センターに診療所を開設することなどを決議した同月一九日付けの理事会議事録を提出したが、右理事会議事録とは別に再建計画書を提出することはなかった。
3(一) 前記2(三)の斎藤組と原告の間の訴訟については、昭和六三年に原告が同社に二一〇〇万円を支払うことで和解が成立した。
(二) しかし、そのころ、原告内部においては、監事の仕事をしていた兼松重雄が、理事の辞任届及び理事会議事録を偽造して、当時の理事久保田正彦、同荒川綾、同神淳一、同玉盛やす子、同杉原義博、同岩田角蔵及び同迫水萬亀について理事辞任及び山田理事について理事解任の登記をし、坂根順二、古川東男らについて理事就任の登記をするという理事不正交替事件が起き、同年七月三〇日、兼松重雄が私文書偽造、同行使、公正証書等不実記載及び同行使の罪により警視庁に告訴されるという事態に至った。
(三) 右のような状況から、被告は、民法六七条及び規則一〇条に基づき、昭和六三年九月二日付けの「財団法人東日本被爆者の会の現況報告について(命令)」と題する書面(以下「第三提出命令」という。)により、原告に対し、同月一九日までに再建計画書及び現況報告書を提出するよう命じたところ、原告からは、新理事長に就任したという櫻井冨喜子の名義で作成された同月七日付けの現況報告書及び従来の理事長久保田正彦の名義で作成された同日付けの現況報告書が提出されたが、再建計画書は提出されなかった。
(四) なお、右(二)の理事不正交替事件に関しては、荒川綾を除く元理事らは、昭和六三年一〇月、原告を被告として財団理事選任決議無効等確認の訴えを東京地方裁判所に提起した。そして、原告は、平成元年九月三〇日、右事件において、従来から辞意を表明していた久保田正彦を除く元理事らに敗訴し、原告は、これを不服として東京高等裁判所に控訴したが、平成二年三月、右控訴を取り下げたため、右判決が確定し、同年三月二九日、元理事らについてその地位を回復する登記がされた。
4(一) 前記3(二)の理事不正交替事件後、せん称理事らは、平成元年八月二五日、株式会社三成商事(平成三年一二月一六日に株式会社昇和に商号変更。以下「昇和」という。)に対し、本件保養センターの土地建物に同社のために担保権を設定すること及び国土利用計画法の不勧告通知がされた場合には、右土地建物を二億〇二九〇万円で同社に売却することを承諾する旨の文書を差し入れ、原告の名で、同社から三〇〇〇万円を借り入れた。その後も、原告の名で、昇和から借入れが行われ、平成元年一二月一日までに合計一億〇三七六万九五九〇円の借入れが行われた(乙三の5、二三、二四)。
また、右担保権設定の合意に基づき、本件保養センターの建物について同年一〇月二三日付けで昇和のために極度額一億二〇〇〇万円の根抵当権設定登記がされ、本件保養センターの土地について同年一一月二二日付けで同社のために極度額一億二〇〇〇万円の根抵当権設定仮登記がされた(乙四の1ないし7、五)。
(二) 昇和は、平成二年二月、右根抵当権に基づき、本件保養センターの建物について競売の申立てを行い、競売手続が開始された。一方、原告は、同年九月、昇和を被告として、右根抵当権設定登記等の抹消登記手続を求める訴えを東京地方裁判所八王子支部に提起した。
(三) 平成三年五月二四日、右訴訟事件において、原告と昇和との間で和解が成立した。
右和解条項の要旨は、次のとおりであった(甲二三)。
(1) 原告は、昇和に対し、同社からの借入金元本一億〇三七六万九五九〇円のうち、五三七六万九五九〇円及びこれに対する平成元年一二月二六日から平成三年五月末日までの年六分の割合による遅延損害金を同日限り支払う。
(2) 原告が期日までに右支払を行ったときは、昇和は、原告のその余の債務を免除し、本件保養センターの土地建物の根抵当権設定登記等の抹消登記手続をする。
(3) 原告が期日までに右支払を行わなかったときは、原告は、昇和に対し、借入金の元本及び遅延損害金の弁済に代えて本件保養センターの土地建物を譲渡する。
(四) しかし、原告が右和解条項(三)(1)の支払資金を調達することができなかったため、本件保養センターの土地建物の所有権は昇和に移転し、平成三年六月二〇日付けで所有権移転登記が行われた。そして、昇和は、平成四年、原告に対し、本件保養センターの建物の明渡しと代物弁済の日から明渡し済みまでの賃料相当損害金の支払を求める訴えを東京地方裁判所に提起した。
(五) 被告は、民法六七条及び規則一〇条に基づき、平成四年二月二五日付けの「再建計画書の提出について(命令)」と題する書面(以下「第四提出命令」という。)により、原告に対し、同年三月一〇日までに再建計画書を提出するよう命じたところ、原告は、同年三月中に理事会議事録と再建計画書を提出した。
(六) さらに、原告は、民法六七条及び規則(ただし、平成六年厚生省令第七七号による改正前のもの。なお、平成四年厚生省令第三二号による改正前の規則と平成六年厚生省令第七七号による改正前の規則は、本件に関連する限りでは、規定内容に実質的差異はないので、便宜上、以下両者を区別せずに単に「規則」という。)一〇条に基づき、平成五年一月二五日付けの「事業報告書等の提出について」と題する書面(以下「第五提出命令」という。)により、原告に対し、同年二月一〇日までに、平成元年度から平成三年度までの事業計画書、事業概要報告書、財産目録及び理事会議事録のほか、平成元年度から提出期限直近までの本件保養センターの利用状況を裏付ける資料、原告名義の預金口座の写し並びに事業費及び管理費にかかわる金銭出納簿の写しを提出するよう命じたところ、原告は、平成五年二月八日付けの書面により提出期限を同年三月二五日まで猶予してほしい旨申し立てた。
(七) そこで、被告は、右各法条に基づき、平成五年二月一八日付けの「事業報告書等の提出について」と題する書面(以下「第六提出命令」という。)により、原告に対し、同年三月五日までに、第五提出命令により提出を命じたものと同様の文書を提出するよう重ねて命じた。
これに対し、原告は、同月三日付けの「事業報告書等の提出についての回答」と題する書面を提出し、提出を命じられた文書のうち、次の文書が提出済であることを報告し、その余の文書については提出期限の延期を求めた。しかし、その後、原告は、第六提出命令により提出を命じられた文書を提出しなかった。
(1) 平成三年一月一一日 理事会議事録及び裁判経過書類
(2) 同年一二月二〇日 決算書及び理事会議事録
(3) 平成四年一月一四日 再建事業計画書
(4) 同年三月中 理事会議事録及び再建事業計画書
(5) 同年六月二四日 理事会議事録
(八) なお、規則六条及び八条に基づき原告の設立時から義務付けられている事業計画書等の書類の提出状況は次のとおりであった。
(1) 収支予算書
昭和四七年度ないし昭和四九年度、昭和五一年度ないし昭和五八年度、昭和六〇年度及び昭和六一年度を除き不提出
(2) 事業計画書
昭和四七年度ないし昭和四九年度、昭和五二年度、昭和五五年度、昭和五八年度、昭和六〇年度、昭和六三年度及び平成四年度を除き不提出
(3) 収支決算書
昭和四七年度、昭和四八年度、昭和五〇年度ないし平成三年度を除き不提出
(4) 事業概要報告書
昭和四七年度、昭和四八年度、昭和五八年度及び昭和六〇年度を除き不提出
(5) 財産目録
昭和四八年度ないし昭和五八年度を除き不提出
5(一) 被告の命令に対する原告の対応状況等が右のとおりの実情にあったことから、厚生省保健医療局企画課(以下「企画課」という。)職員は、原告の運営状況を調査するため、平成五年一〇月七日、財団の山田理事ほか二名の者の立会いの下、本件保養センターの現地調査を実施したところ、本件保養センターには、岩田角蔵事務局長が常駐しているので、ガス、水道、電気、浄化槽については常時使用可能な状態であるが、施設内部については修理を要するところが数か所あり、トイレに大きな段差があるなど保養施設としての配慮に欠ける部分が多く、また、備品についてはいずれも古く、大半の物は交換が必要であると認められた。さらに、立会人からの聴き取りによれば、施設の利用状況については年に数回原告関係者のみが利用していること、施設に通じる私道の一部を買い取る予約を地権者との間でしていたが、その後地権者が変更してしまい、新地権者との間に接触はないとのことであった。
(二) 右現地調査の結果、被告は、民法六七条及び規則一〇条に基づき、平成五年一一月四日付けの「再建計画書の提出について(命令)」と題する書面(以下「第七提出命令」という。)により、原告に対し、平成六年一月三一日までに、①財産、負債の現状、②今後の資金計画、③本件保養センターの所有権の移転及び④自転車振興会への報告の各事項について明確に記載した再建計画書を提出するよう命令した。
これに対し、原告からは、平成六年一月三一日、原告の理事秋山房市が同月三〇日付けの回答書を持参して厚生省を訪れ、企画課職員に対し、その再建計画の内容等について次のとおり説明した。
(1) ①については、負債はなく、係争もないと認識していること、原告の預金は二二七万円であること。
(2) ②については、大口の寄付が予定されており、本日(平成六年一月三一日)小切手により二七〇〇万円の寄付を受けたこと、また、平成六年中に一億円以上集めることになっており、来年以降についても毎年三〇〇〇万円の寄付を受ける予定であること。
(3) ③については、本件保養センターは乗っ取られているが、競売手続が進行中であり、これを落札する予定であること、落札後には改装工事をした上で一か月に五〇人程度の利用を見込んでいるが、赤字経営であること。
(4) ④については、自転車振興会に対する事業完了報告については終了したものと認識していたこと。
(三) 厚生省保健医療局長は、これまでの原告からの再建計画書の提出状況等を踏まえて、平成六年六月八日付けの書面により、被告に対し、同月一五日に再建計画についての事情聴取を実施する旨通知した。
同日、原告からは山田理事一名が出頭し、厚生省において事情聴取が実施された。右事情聴取の際、山田理事は、本件保養センターの運営事業を再建したいと考えているが、そのためには、同センターの所有権にかかわる問題を解決しなければならないこと、原告の理事を交替した上で新理事と共にシルバーハウスの建設・運営をしたいと考えていること及びチェルノブイリ原発事故の被害児童を本件保養センターで療養させる計画を立てており、あくまで原告を解散させるというのであれば国会議員の協力を得ることも考えたい旨申し立てた。これに対し、企画課職員は、山田理事に対し、原告の自主解散を指導し、法人解散に向けての聴聞を実施する予定である旨告げた。
(四) 厚生省保健医療局長は、法人解散に向けての手続を進めるため、民法施行法(平成五年法律第八九号による改正前のもの。以下同じ。)二五条に基づき、平成六年六月二三日付けの書面により、原告に対し、同月二九日に原告の理事全員の聴聞を実施する旨通知した。
しかし、原告からは、同日、山田理事及び菅原長茂理事が欠席理事の委任状を持たない三名の人物と一緒に厚生省に出頭したにすぎなかった。その際、山田理事らは、企画課職員に対し、「老人保健施設をやりたい。専門家を連れてきたので話を聞いてほしい。」旨申し立てたが、企画課職員は、理事全員に対し聴聞を実施する旨通知したにもかかわらず、出席理事も少なく、また、具体的再建計画に触れることもない申立てであることから、聴聞の目的を達することは不可能であると判断し、日を改めて再度聴聞を実施することとした。
(五) 厚生省保健医療局長は、あらかじめ原告から聴聞の実施を希望する日時を確認した上で、再度、平成六年七月一三日付けの書面により、原告の理事長以下全理事に対し、同月一九日に聴聞を実施する旨通知した。
右通知を受け、同日、岩田角蔵理事の委任状を持参した代理人及び山田理事、平松政則理事、菅原長茂理事が厚生省に出頭し、企画課職員により聴聞が実施された。聴聞においては、山田理事及び岩田角蔵理事の代理人は何ら発言をすることなく、平松政則理事は、昇和の社長とは個人的に親しく、また、自ら資金援助する意思も有しているので、原告の解散については再考願いたい旨申し立て、菅原長茂理事は、昇和との和解が先決であるが、同月八月二六日には基本財産が帰ってくるので、その後再建計画を提出するから、原告の解散については再考願いたい旨申し立てた。
なお、後日、原告の理事長迫水萬亀から、同年八月二六日に本件保養センターが和解により返還される旨を記載した書面が厚生省保健医療局長あてに送付されてきた。
(六) 平成六年一〇月二七日、東京地方裁判所は、前記4(四)の昇和の原告に対する建物明渡請求事件について、昇和の請求を認容する判決を言い渡し、原告はこれを不服として東京高等裁判所に控訴した。
6(一) 被告は、これまでの経緯を総合的に勘案して、①原告が主務官庁の監督上の命令に違反したこと及び②正当な事由なく引き続き三年以上事業を行っていないことを理由として、民法七一条前段及び後段に基づき、平成六年一一月二二日付けで原告の設立許可を取り消す旨の処分(以下「本件処分」という。)をし、本件処分は、同月二四日、原告に告知された。
(二) なお、原告と昇和との間では、平成六年一二月二七日、和解が成立し、原告が昇和に対して和解金五〇〇〇万円を支払うことで、本件保養センターの土地建物について同社の所有権移転登記の抹消登記手続をし、原告の所有名義を回復することが約されたが、当該和解金の支払が完了していないことから、いまだ原告に登記名義は回復されていない。
二 争点及びこれに関する当事者の主張
1 民法七一条前段の要件充足の有無
(一) 被告の主張
(1) 主務官庁は、民法六七条に基づき公益法人の業務を監督する権限を有し、法人に対し監督上必要な命令をすることができる(同条二項)。そして、民法七一条前段は、法人が主務官庁の監督上の命令に違反している場合において、他の方法によって監督の目的を達することができないときには、主務官庁は法人の設立許可を取り消すことができる旨規定している。
(2) 被告は、原告の業務が円滑に行われていないことにかんがみ、民法六七条及び規則一〇条に基づき、原告の事業改善を図るべく、原告に対し、昭和五七年四月から平成五年一一月までの間、様々な角度から合計七回にわたって、再建計画書等の提出命令を発した。
しかし、原告は、右の命令に対し何らの回答をしないか、回答をしたものの当該命令に従ったものとは到底認められない理事会議事録等を提出したにすぎず、原告が被告の監督上の命令に違反したことは明らかである。
(3) 公益法人を監督する方法としては、一般に、当該法人に命令を発出する方法のほか、当該法人の検査を行うことが考えられるが、原告の場合、前記一4(八)記載のとおり、規則六条及び八条により義務付けられた財産目録、事業報告書、予算書等の報告自体が極めて不十分であり、また、金銭出納簿等の関係書類が存在しなかったために、被告は、原告の業務及び財産の状況すら把握できず、検査を行おうにも適正な検査を行い得ない状況にあったものである。
右の事情のほか、被告の監督上の命令に対する原告の対応状況、すなわち、被告の一〇年以上という長期間にわたる度重なる再建計画書等の提出命令にもかかわらず、原告からは、正式な回答がなされていないという状況から判断すれば、これ以上更に原告に対して時間的な猶予を与え、再度再建計画等の提出命令を発したり、検査を行うなどの方法により監督の目的を達することが可能であるとは考えられず、その他被告が原告に対する監督の目的を達する方法は存しなかった。
(4) したがって、本件においては、民法七一条前段に規定する公益法人の設立許可取消しの要件が満たされている。
(二) 原告の主張
(1) 原告は、種々のトラブルに巻き込まれ、運営が非常に困難であったが、その置かれた財務状態に応じて再建のために懸命な努力をしてきた。被告の再建計画書等の提出命令に対しては、次のとおり、真しに対応しており、原告に被告が主張するような命令違反はない。
ア 第一及び第二提出命令について
原告は、第一提出命令に対し、「再建計画書の提出について」と題する文書を提出して、理由を記載して再建計画書の提出について暫時の時間的猶予を申し出たところ、第二提出命令を受けたので、本件保養センターにおける診療所の開設の件について決議した理事会議事録を被告に提出した。
右理事会議事録は、原告の理事会において、本件保養センターにおける診療所の開設問題について、早急にこれを解決すべく理事一同が力を結集することを再確認し、昭和五七年七月一五日に診療所を開設し、服部達太郎前理事が血液検査と生活指導を行い、開設資金は既に申出のある寄付金を充てることを決議した旨が記載されている。
原告は、右理事会議事録を提出することにより、右決議に基づきその方向にて事業を再建することを明示したものであり、さらに右理事会議事録を厚生省に持参した原告の理事から口頭で説明を行い、厚生省の係官の了承を得ている。
したがって、原告は再建計画書と題する文書は提出しなかったが、右理事会議事録を提出したことにより、実質的に再建計画書は提出されているというべきである。
イ 第三提出命令について
第三提出命令が発せられた当時、原告においては、兼松重雄らせん称役員が勝手に原告の運営をしている状態であったが、右命令に対しては、せん称理事側と従前の理事側でそれぞれ回答書を提出しており、両文書でその立場は異なるが、被告からの質問事項に真しな回答をしている。
なお、被告は、第三提出命令において、第二提出命令により提出を命じられた再建計画書が提出されていないとして、再建計画書の提出を併せて命じているが、前記のとおり、第二提出命令に対しては、実質的に再建計画書とみるべき理事会議事録を提出し、命令は履行済みになっていたものである。
ウ 第四提出命令について
原告は、第四提出命令を受領した当時、兼松重雄らせん称役員が原告の名を利用して昇和から一億円を超える借財などを行ったことの後始末に忙殺され、しかも、原告の備付けの書類が兼松らによって持ち出され手元になかったので、再建計画書を作成、提出するのは極めて困難な状況にあったが、平成四年一月一四日に再建事業計画書を提出し、さらに同年三月三日に理事会議事録及び書き直した再建事業計画書を提出した。
エ 第五及び第六提出命令について
原告は、第五提出命令により、事業計画書等の提出を命じられ、これに対して、書面により提出期限の延期を求めたところ、その後、さらに被告から第六提出命令を受け、事業報告書等の提出を再度命じられたので、原告は、前記一4(七)記載のとおり、回答書を提出し、提出を命じられた文書のうち、一部文書は既に提出済みであることを報告し、その余の文書については提出期限の延期を求めた。なお、この時も原告の職員が厚生省に出向いて口頭にて事情を説明した。
オ 第七提出命令について
原告は、第七提出命令に対しては、平成六年一月三〇日付けの回答書を提出し、さらに同年一〇月一五日付けの回答書を提出した。
(2) 民法七一条前段の設立許可取消処分は、法人が主務官庁の監督上の命令に違反しただけではなく、他の方法により監督の目的を達することができないときに初めて許されるものである。
しかし、原告の現状は、理事及びこれを支援するボランティア達の再建意欲も強く、財務的な支援の期待も少なからず存在し、設立許可取消処分以外の方法により監督の目的を達することができないというような状態にはない。
(3) したがって、本件においては、民法七一条前段に規定する公益法人の設立許可取消しの要件は満たされていない。
また、原告の現在の財務的窮状は、被告が兼松重雄らの不正行為に対して適切な指導・対応を行わなかったことにも起因するものであるから、これを考慮に入れることなく、原告の窮状のみをみて本件処分を行うのは、行政上の信義則違反ないし権利濫用に該当するというべきものである。
2 民法七一条後段の要件充足の有無
(一) 被告の主張
(1) 民法七一条後段は、法人が正当な事由なく三年以上引き続き事業を行わないときは、主務官庁は、法人の設立許可を取り消すことができる旨規定している。
(2) 原告の事業の中心は、被爆者のための保養センターの運営であったが、原告は、本件保養センターの建設に関する検査済証偽造事件、建設業者との請負工事代金支払上のトラブル、理事の不正交替事件、昇和に対する多額の負債と本件保養センターの所有権移転等の問題に加え、寄付金も思うように集まらなかったことから、昭和五五年二月二四日に本件保養センターが完成した後もその運営を事実上行っていなかった。
(3) 被告所管の公益法人は、規則八条の規定により、毎事業年度終了後三か月以内に当該年度の事業概要報告書の提出が義務付けられているが、原告については、昭和六一年度以降、右報告書が提出されておらず、企画課職員が平成五年一〇月に本件保養センターの現地調査を実施した時の前記一5(一)記載の調査結果からみても、本件処分をした日である平成六年一一月二二日の時点において、原告が正当な事由なく引き続き三年以上事業を行っていなかったことは明らかである。
なお、被告は、平成三年以降も法律相談や講演会、集会等を行った旨主張するが、原告の事業としてそのような活動が行われたことを証明する客観的な証拠は何ら存在しない。
(4) したがって、本件においては、民法七一条後段に規定する公益法人の設立許可取消しの要件が満たされている。
(二) 原告の主張
(1) 原告は、設立当初から静岡県伊東市に保養センターを建設することを計画し、昭和五五年二月二四日に本件保養センターが完成した後は、被爆者及びその家族、関係者の保養施設としてこれを運営してきた。
(2) 原告は、昭和五五年、原告の活動を支援するため、「朱鷺の会」を発足させ、昭和五六年からは、健康に関する講演会を度々開催し、また、昭和六〇年には、被爆・終戦四〇年を記念して「特別被爆者体験講演会」を開催し、昭和六一年には障害者に貢献するボランティアのための慰労会活動を行い、昭和六二年には被爆者に対する現在の生活状況、健康等に関するアンケートを実施した。
(3) 昭和六三年四月ころから平成二年三月までの間に、兼松重雄らせん称役員が原告を事実上支配した結果、原告は、昇和に対し一億円を超える債務を負担することになり、その財務状態が極度に悪化し、訴訟の結果地位を回復した元理事らはその後始末に忙殺されたが、そのような状態においても、原告は活動を続け、平成三年以降も次のような活動を行っている。
ア 平成三年七月、本件保養センターにおいて「被爆者と法律相談」と題して法律相談を行った。
イ 平成四年七月、服部達太郎医学博士を講師として「エイズと被爆体験」と題する講演会を実施した。
ウ 平成五年七月、身体障害者の世話をするボランティアの集会を開いた。
(4) したがって、本件においては、民法七一条後段に規定する公益法人の設立許可取消しの要件は満たされていない。
第三 争点に対する判断
一 民法七一条前段の要件充足の有無について
1 原告が被告の監督上の命令に違反したか否かについて
(一) 原告においては、設立後、本件保養センターの建設工事に関する検査済証偽造事件、請負工事代金の支払をめぐる建設業者とのトラブル、理事不正交替事件、昇和に対する多額の負債と本件保養センターの所有権移転問題などその運営に支障を来す様々な問題が続発し、その事業の中心である本件保養センターの運営が円滑に行われていなかったため、被告が主務官庁の監督権に基づき第一ないし第七提出命令を発して再建計画書等の提出を命じたこと及びこれに対する原告の回答状況は、前記第二の一「前提となる事実」に記載のとおりである。
(二) そして、右事実によれば、少なくとも次の点において、原告が被告の監督上の命令に違反したことは明らかである。なお、第七提出命令に対する違反の有無については後に検討する。
(1) 原告は、第一提出命令により再建計画書の提出を命じられ、これに対し、再建計画書の提出の猶予を申し立てた後、第二提出命令により再建計画書の提出を再度命じられたにもかかわらず、本件保養センターに診療所を開設することなどを決議した理事会議事録を提出したにとどまり、再建計画書を提出していないこと(なお、右理事会議事録の提出をもって再建計画書の提出と同視することができないことについては後述する。)。
(2) 原告は、第三提出命令により、現況報告書及び再建計画書の提出を命じられたにもかかわらず、現況報告書を提出したにとどまり、再建計画書を提出していないこと。
(3) 原告は、第五提出命令により、平成元年度から平成三年度までの事業計画書、事業概要報告書、財産目録及び理事会議事録のほか、平成元年度から提出期限直近までの本件保養センターの利用状況を裏付ける資料、原告名義の預金口座の写し並びに事業費及び管理費にかかわる金銭出納簿の写しを提出するよう命じられ、これに対し、提出期限の延期を申し立てた後、第六提出命令により第五提出命令と同様の文書を提出するよう重ねて命じられたにもかかわらず、右のうち理事会議事録等一部の文書が既に提出済みであることを報告し、その余の文書について提出期限の延期を求める文書を提出したものの、その後、右命令により提出を命じられた文書を提出していないこと。
(三) 原告は、第二提出命令に対し本件保養センターに診療所を開設することを決議した理事会議事録を提出したことにより、実質的に再建計画書は提出されたものというべきである旨主張する。
しかしながら、証拠(乙一三、一五)によれば、被告は、第一提出命令において、原告については、それまでに提出のあった文書等からみて法人再建の可能性があるとは認められないことを指摘した上で、原告が法人再建の意思を有すると主張する場合には、具体的な再建計画書を提出するよう命じたこと、被告は、第二提出命令において、これまでの再三にわたる具体的な再建計画書の提出の要請、命令にもかかわらず、再建の可能性があると認めるに足りる文書が提出されていないことを指摘した上で、第一提出命令と同様に、原告が法人再建の意思を有すると主張する場合には、具体的な再建計画書を提出するよう命じたことが認められ、これによれば、右各命令は、再建の可能性があると認めるに足りる具体的な再建計画書の提出を命じたものであることが明らかである。
しかるに、原告が提出した右理事会議事録(乙一六の1)には、原告の理事会において、かねてより懸案となっていた本件保養センターにおける診療所の開設について、早急にこれを解決すべく理事一同が力を結集することを再確認したこと、審議の結果、昭和五七年七月一五日に診療所を開設し、服部達太郎前理事が血液検査と生活指導を行い、開設資金は既に申出のある寄付金を充てることを決議した旨の記載があるにすぎず、右理事会議事録によっては、原告について再建可能性があるかどうかを判断することはおよそ不可能であり、右理事会議事録の提出をもって被告から提出を命じられた具体的な再建計画書が提出されたものとみることはできない。
なお、原告は、右理事会議事録を厚生省に持参した理事から口頭で説明を行い、厚生省の係官の了承を得ている旨主張するが、乙一六の1、2及び弁論の全趣旨によれば、右理事会議事録は、書留郵便により被告に郵送された事実が認められ、原告の右主張はその前提を欠くものというべきであり、また、証人山田順子の供述、甲二二の陳述書の記載中には、原告の事務局長の岩田角蔵と職員木村親義が厚生省に原告の再建計画について説明に赴いているはずであるという部分があるが、たやすく信用することができず、他に厚生省の係官が右理事会議事録の提出をもって再建計画書の提出があったものとして取り扱うことを了承した事実を認めるに足りる証拠はないから、原告の右主張は採用することができない。
(四) ところで、被告が原告に対し発した再建計画書等の提出命令のうち最後のものである第七提出命令に対しては、原告は、前記第二の一5(二)記載のとおり、平成六年一月三〇日付けの回答書を提出しているので、原告が第七提出命令に違反したか否かは一応問題となり得るところである。
そこで、検討するに、証拠(乙三四ないし三六)によれば、第七提出命令は、被告が原告に対し再三にわたり具体的な再建計画書を提出するよう命じたにもかかわらず、再建の実現可能性があると認めるに足りる文書が提出されていないことを指摘した上で、原告が再建の意思を有する旨を主張する場合には、財産、負債の現状、今後の資金計画、本件保養センターの所有権の移転及び自転車振興会への報告の各事項について明確に記載した再建計画書を提出するよう命じたものであること、しかるに、平成六年一月三〇日付けの回答書による原告の再建計画においては、現在、昇和の所有名義となり、競売手続が進行中の本件保養センターの土地建物について、原告がこれを落札した上改装工事を施して運営を行うことを計画しているというが、本件保養センターの買取り、改装、運営のためには、相当多額の資金が必要であるにもかかわらず、そのための実現の見込みのある具体的な資金計画が示されていないこと、また、原告の右再建計画においては、本件保養センターについて一か月五〇人程度の利用を見込んでいるが、右再建計画においてもその運営は赤字経営が前提となっており、しかも、その赤字を補てんする具体的な資金計画が示されていないこと(右再建計画においては、有限会社大地貿易有限公司から同社の商品の収益金の一〇パーセント(三〇〇〇万円)を毎年寄付する旨の申込みがあるとし、その一部により本件保養センターの運営に伴う赤字を補てんすることを予定しているが、右の寄付が将来にわたって継続されることを裏付ける書面はなく、資金計画としては実現の見込みが薄く具体性を欠くものというべきである。)が認められる。
原告の平成六年一月三〇日付けの回答書による再建計画には、右のとおり、原告の再建計画を考える上で最も重要な本件保養センターの所有権の回復のための実現の見込みのある具体的な資金計画が示されていないことなど再建計画として不備な点が目立ち、かかる形式的な再建計画書の提出をもって、第七提出命令によって命じられた再建計画書の提出があったものとは認めることはできない。
なお、原告は、第七提出命令に対する回答として、平成六年一月三〇日付けの回答書に加えて、同年一〇月一五日付けの回答書を提出した旨主張し、その証拠として甲六の2を提出している。しかし、仮に右回答書が被告に提出されたものとしても、その作成日付けから判断して、右回答書は第七提出命令による再建計画書の提出期限である同年一月三一日から九か月近く経過してから提出されたものと考えられるし、そもそもその再建計画の内容をみても、同年一月三〇日付けの回答書と大差はなく、第七提出命令によって提出を命じられた再建計画書の提出があったものとは認めることができない。
したがって、原告は、実質的にみて、第七提出命令によって求められた再建計画書を提出しなかったものとして、右命令に違反したものというべきである。
(五) 以上のとおり、原告は、被告により命じられた再建計画書等の提出をせず、その監督上の命令に違反したものというべきである。
2 設立許可取消し以外の方法により監督の目的を達することができなかったか否かについて
(一) 前記第二の一記載の事実によれば、原告においては、設立後、本件保養センターの建設工事に関する検査済証偽造事件、請負工事代金の支払をめぐる建設業者とのトラブル、理事不正交替事件、昇和に対する多額の負債と本件保養センターの所有権移転問題などその運営に支障を来す様々な問題が続発し、その事業の中心である本件保養センターの運営が円滑に行われていなかったものであり、しかも、その間に原告の主たる資産であった本件保養センターの土地建物は他人の所有に帰し、これを取り戻し、改装した上、事業を継続していくには相当多額の資金を要することなどから、原告は今後再建して公益法人として適正に業務を運営していけるかどうか非常に危ぶまれる状況にあったこと、そのため、被告は主務官庁として原告に対し監督権限を発動する必要に迫られたが、原告の場合、規則六条及び八条により義務付けられた財産目録、事業報告書、予算書等の報告自体が極めて不十分であり、また、金銭出納簿等の関係書類も不備であるため、被告は検査を行って原告の業務及び財産の状況を把握することができず、やむなく監督権の発動として右再建計画書等の提出命令を発出することとし、昭和五七年四月五日付けの第一提出命令から平成五年一一月一四日付けの第七提出命令まで、長期間、多数回にわたり、再建計画書等の提出を命じたこと、これに対し、原告は、再建の実現可能性を示す再建計画書等の文書を提出することなく(前記第二の一記載のとおり、原告は、第四提出命令を受けて、平成三年三月中に再建事業計画書を提出しているところ、それは乙五四の事業計画書であると推定されるが、その内容はその後に提出された再建計画書等と同様に実現の見込みのある具体的なものであるとは認め難い。)、被告の監督上の命令に違反してきたことが認められる。
(二) 右の原告の業務運営、資産の状況、被告の監督上の命令に対する原告の対応状況に加えて、前記第二の一記載のとおり、民法施行法二五条に基づいて行われた聴聞の際にも、これに出席した原告の理事らからは、再建が実現可能と認められる具体的な再建計画の提示がなかったこと、右の聴聞等において、原告の理事らから、平成六年八月二六日に所有者である昇和との間で和解が成立し、原告が本件保養センターの所有権を回復する予定である旨の申立てがあったが、現実には、原告は、同年一〇月二七日、昇和から本件保養センターの明渡しを求められた訴訟において敗訴判決を受けていることなどにかんがみれば、客観的にみて、本件処分当時、原告の再建可能性は極めて乏しいものであったとみざるを得ない。
(三) したがって、被告としては、原告を公益法人として存続させたまま、その業務運営の適正化を図ることは期し難く、設立許可取消し以外の方法によっては監督の目的を達することができなかったというべきである。
二 そうすると、本件においては、民法七一条前段に規定する公益法人の設立許可取消しの要件が満たされていたというべきであるから、同条後段に規定する要件が満たされていたか否かについて検討するまでもなく、本件処分は適法というべきである。
なお、原告は、原告の現在の財務的窮状は、被告が兼松重雄らの不正行為に対して適切な指導・対応を行わなかったことにも起因するものであるから、これを考慮に入れることなく、原告の窮状のみをみて本件処分を行うのは、行政上の信義則違反ないし権利濫用に該当するというべきである旨主張し、証人山田順子は右主張事実に沿う供述をしているが、客観的な裏付けを欠くものであってたやすく信用することができず、他に被告が本件処分を行うことが行政上の信義則違反ないし権利濫用と評価されるような事実を認めるに足りる証拠はなく、原告の右主張は採用することができない。
第四 結論
よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官青栁馨 裁判官増田稔 裁判官篠田賢治)